The Massive Block Of Japanese Text

Japanese writing can seem overwhelming at times. You are dealing with 3 writing systems, one of which has detailed intricacies that seem beyond what the human eye was meant to absorb. But you deal with it. Over 125 million people deal with it daily. You start off with words and sentences. They are simple and grow more complex.

But Japanese learner life isn’t linear. You don’t slowly climb up the mountain at a 5° incline. Sometimes there are sudden towering rock formations slammed right in your face.

The Massive Block Of Japanese Text 2

In Japanese learning, this is known as the massive block of text.

You face a long paragraph that seems to carry on for ages. Commas left and right,  kanji free in the wild, and subjects, objects, verbs, and particles all over the place. Take one look at it and your internal Japanese learning mind grows weak and nearly faints.

The Massive Block Of Japanese Text 3

A large block of Japanese text can be discouraging, especially to those intermediate to advanced levels. It doesn’t affect beginners in the same way, because they see everything as giant unconquerable mountains. Intermediate to advanced level learners expect difficulty, but not so much that they can’t move forward.

For example… let’s take one sentence from a Japanese Wikipedia article:

このように(ところで余談であるが、日本語には「この」といった「指示語」がある。これはときに曖昧に使われているが、正しく使わなければ意味が通らなくなるので注意が必要である)しょっちゅう(余談であるが、「しょっちゅう」という言葉は話し言葉であるから、アンサイクロペディアのような書き言葉を用いるべき場ではなるべく使用を避けたい)話題(余談であるが、最近家族での会話が少なくなっているらしい。もっと食事中にテレビを見て話題を増やすこと)が脱線する(余談であるが、2005年に福知山線で深刻な脱線事故が起きている。JR西日本の事業方針に問題はないだろうか)文章(余談であるが、日本には「文章」と書いて「ふみあき」と言う名前がある。悲しいことに「ぶんしょう」というあだ名になることが多いらしい)は(余談ではあるが、この「は」は「わ」と読むが、古典ではこのように「は」を「わ」と読ませることが多い)、日本に古来から存在する(余談であるが、存在することに関する諸問題、すなわち存在論は哲学において古来から議論となってきた。なかでも神の存在証明に関する議論は有名である)大和言葉(余談ではあるが、大和は「やまと」と読む。しかし、稀に「だいわ」や「たいわ」と読むことがあるので注意が必要である)(あ。忘れていたが、大和銀行はだいわぎんこうと読むが(なお、証券会社である大和證券も「だいわしょうけん」であるが(ただし、生命保険会社である「大和生命」は「やまとせいめい」と読む。会社更生法が適用され(即ち、倒産してしまったということである)、2009年4月30日に、更生計画にしたがいプルデンシャル ファイナンシャル ジャパン生命保険株式会社に商号変更している(付言すると、本社は鹿鳴館の跡地にある))、大和銀行との関係はなく、却って野村證券との関係が深い)、大和銀行は住友銀行との合併をしようとしつつ、結局はあさひ銀行と合併して結果的にりそな銀行となってしまった)によく見られる(余談であるが、このような助動詞を含む動詞節を「見れる」などとするのはら抜き言葉として言語学者などから批判される傾向にある)。話(余談であるが、「話」とは名詞であり、「話し」とは動詞の連用形である。小学生ではこの混同がしばしば見られる)がなかなか(余談だが、古語においては「なかなかなり」は「半端だ」という意味である)進まず、(余談であるが、横書きの文章で読点「、」を用いるかコンマ「,」を用いるかは悩ましい問題である)しかも重要(余談であるが、驚くべきことに、韓国語でも「重要」を「じゅうよう」と読む)でないことにも思考(余談であるが、現代人はあまり考えなくなったといわれている。なんでもマニュアル化された世の中にも問題があろう。むろん、なにも疑うことなくマニュアルを使う側にも問題はある)が割かれるため(余談であるが、「わかれる」と読んではいけない。現代人は漢字に弱くなったため、ときどきこういう恥ずかしい読み方を平気でする大人がいる)、読み手(余談だが、文章を書くときは常に読み手を意識しなくてはならない。読みにくい文章など論外である)が大変(余談であるが、島原大変肥後迷惑という言葉がある。これは島原の噴火によって発生した山体崩壊により生じた津波が肥後を襲ったことに由来する。読者諸君も日ごろからこうした自然災害には十分注意しなければならない。まずは各自非常持ち出し袋等を点検し、家族で避難場所を決めておくこと)いらいら(余談であるが、現代人は昔に比べて短気になったといわれている。それは、カルシウムが不足しているからとか、ストレスを感じやすい社会で生活を営んでいるからなど諸説あるが、普段からおとなしい態度でいるよう心がければ、そのようなことは決して無いだろう)する。しかも(余談であるが、「しかも」「また」「そして」という接続詞を多用して文を次々に繋げていくことがあるが、文章が単調になる上に読みづらく、悪文の見本である)そうした余談(余談の余談であるが、司馬遼太郎の余談が面白いという読者も多い。しかしその説教臭さが好きになれないという人もまた多い。また別の余談であるが、チュンソフトのサウンドノベルゲーム街や428に於いて、本文中の一部の単語にTIPSという解説(時には余談)が設定されているが、読みたいときのみ別画面で参照する形式の為、この文章のように読みにくくはなっていない。)は紙(余談であるが、土佐和紙などの和紙は高価ではあるが水に濡れても破れにくく丈夫である。機会があれば和紙も使ってみてほしい)のスペース(余談であるが、なぜワープロではスペースキーだけ大きいのだろうか)の無駄(余談であるが、生活の中から無駄を省くことが倹約の第一歩である。これはまた、環境保護にも貢献している)であるから、余談は控えめ(余談であるが、JTなどではたばこは控えめにと広告しているが、控えめにしてはJT自身が儲からない。控えめにいうのは、あくまで表向きの言葉である)にし、書きたい(余談であるが、近年ではブログの普及によって若者の書きたい欲求が大いに満たされることになった。しかし一方で、読み手のない文章もネット上に氾濫している)ことだけを書くほう(余談であるが、「消防署のほうから来ました」などは、悪徳商法の常用手段である。「~のほう」という言い回しには気をつけよう)が(余談であるが、「が」には、主に2つの意味があり、ひとつは主語の下につけるやつ{重ねて余談であるが、「やつ」という言葉は、乱暴で見下ろすようなイメージを与えるため、使うべきでない。「もの」の方が適切であろうが、「者」と変換しては意味がおかしくなる。それから、括弧の中の括弧は、このような{}をつかうのはまちがいである}で、もうひとつは、接続語の「が」である)よい(余談であるが、ここで言う「よい」は、「良い」という意味であり、「ほろ酔い」なんかに使われる「酔い」とは意味が違う。それと、尾崎紅葉の「金色夜叉」の冒頭に、「未だ 宵 ながら松立てる門は一様に鎖しこめて」とあるが、この宵とも意味が違う。日本語には同音異義語が多いが、ひらがなで書かれた単語は、文脈から意味をイメージできないといけない)。おっと(余談であるが、この言葉を見てウィザードリィを思い出す人はゲーム中毒の疑いがある。ゲームも悪いものではないと私は考えるが、日常生活に支障が出るレベルまでやりこむのは考え物である)、つい(余談であるが、「つい」という言葉は友人との会話によく登場する。「つい」やってしまうということは人生において少ないことではないだろう)余談ばかりになっちゃったな(笑)(余談であるが、最近の「(笑)」の用法は、「スイーツ(笑)」などの侮蔑的なものもあるので、無闇に使用するのは控えたほうがよい。また、近年では「(笑)」の代わりに「w」を用いるが、場合によってはこれも相手に不快感を与える場合(余談ではあるが、この場合の具体例としてはwを大量に使用するといったことが典型例としてあてはまる。ただし2chにおいてVIPPERと呼ばれるような人がwを大量に使用するのは何か別の意味があるのだろう)があるので、注意すべきである)。今日(余談だが、「本日」のことをさす場合は「きょう」だが、「近年」のことをさす場合はもっぱら「こんにち」と読む。この文章の場合は「きょう」である。「こんにちは」はもともと、「今日」のこんにちであり、「今日はいい天気ですね」のように文の省略である(余談になるがネット上ではしばしば「こんにちわ」と、日本語としては誤って表記されることがある))の授業(余談だが、これは「じゅぎょう」と読む、然し乍、言い難い為無意識に「じぎょう」と発音してしまう場合が多い)はここまで(余談だが、道路標識にも、「ここまで」という意味がある物があるが、普通に、「ここまで」と書いてあるのがある。統一した方がいいと思う)。

If you could read this without crying, you win. Wait let’s make you cry some more (katakana-loan-word style).

このカインドのセンテンスは、フォーリンなワードがメニーにユースされているベリーベリー・クレイジーなセンテンスだ。ライクズィスなセンテンスはポリティシャンなどマイセルフをハイレベルにディスプレイさせようとしているピープル、アンド外国かぶれ、アンドマイセルフがスピーキングナウなシングをアバウトうやむやにしてしまおうとプロットするパースンなどがユースする。ライクズィスなセンテンスは、アザーなピープルにはミーンをアンダースタンドすることがディフィカルトで、イフライトでもミーンがリードトゥノットなのでフォーリンなワードはポッシブルモディスティーにユースしようぜ。……アンドフォーリンなワードがメニーなセンテンスはトゥーフレンドリーなスピーキングになりがちだからイナフ・トゥ・ビー・キャーフルしないとバッドだ。オレといっしょにトゥギャザーしようぜ!

I need your tears.

茫洋と広がる大海の如く誇張された文章はただただ徒に解読者の混乱を招くばかりであり、読者は意味の解釈という無為の鉄檻に囚われ、まさに艱難辛苦千荊万棘の倒懸の苦を強いられ、その阿鼻叫喚の無間地獄の責め具によって精神は朽ち果てもはや烏有に帰すことになる。天網恢々疎にして漏らさずと雖も、現在の日本国憲法をして覿面たる罰を下せしめる法を作成することは不可能であるが、これは明晰判明的に人を殺めるが如き大罪である。畢竟、針小棒大な表現を自重し眼光紙背に徹するが如く意図を汲みやすい文章になるよう、成るべく創意工夫を凝らして修飾の簡素化を図るという天命とも言うべき作業は、こと文章を書くという活動においては国家の勅令よりも遵守すべき最重要命題であり、書き手は粉骨砕身、数多に連なる幾億の苦吟鏤刻の山脈を乗り越えなければならないのは当然の義務である。先に述べたように無法極まる無粋な文章は前代未聞空前絶後の未曾有たる厄災を招く引き金に成りかねない。これを未来永劫忘却の彼方に押しやる事なく牢乎として万世一系の天皇陛下の鎮座まします言霊の幸ふ国神の国日本に語り継いでいかなければならない。さもなくば東雲に鎮座する悠久の霊峰、大和の同朋は己の自尊に吝嗇の背を向け阿諛追従に媚びる醜態を看過せざるを得ないだろう。それ故豊葦原の瑞穂の国日本の弥栄を希求するこの項目の筆者はそう切願しているのである。筆者はこの項目をご覧になられた皆様方々が個々人レベルでこうした文章の規律を守る事を心掛けて頂ければ心の臓が破裂せんほどの恭悦極まり狂喜乱舞の裡に死ぬ事であろう。大慶至極重畳重畳。

And just one more to make you go “what the hell?”

まあ、私の言いたい事はですね。つまり、なんて言うんですかね、んー、そのまああれなんですよ。ほら、あれだよあれ。えーっとね、だからさっきまではっきりと覚えているのだけど、ちょっと思い出しているだけで時間はかかるけど、あれのことなんだけど、それが思い出せばはっきりといえるのだけどね。 う~ん、もうすぐ思い出せそうなんだけど・・・ああ、最近めっきり記憶力が悪くなってね。記憶力って言っても短期記憶力ってやつね。昔のことは結構覚えてるんだ。 おっと、脱線したね。本題を忘れるところだったよ。ええっと、なんだっけな? えっと、あれだよあれ。なんだっけな・・・あ、でも今分かったよ。あれだ。 そうだよあれだ。 でもねー。んーと、あれ?なんだっけ。ほらアレだってのに。 ってあれって何だっけ? テレビのあれだっけ。 っていうかテレビってどういう構造してるんだろう。

These are all highly exaggerated examples that are used to show extremely difficult to read sentences. Check out this Wiki article for more ridiculousness.

While the above has slightly strayed away from the actual Japanese sentence blocks you are likely to face, it often only takes 2-4 lines to create a block that makes you feel uneasy.

Problem?

The Massive Block Of Japanese Text 4

No. Don’t let it be.

First, there is a lot of bad writing in Japanese, just like in all languages. Paragraphs are often not broken up, and people’s eyes glaze over once you start to see a number of lines. This is why most articles you see anywhere on the internet abide by a strict policy of breaking up long paragraphs, as most people will not read more than that. Too much text at once creates a feeling of being overwhelmed. And when it’s not your native language, that feeling is magnified.

You will get used to it. But until then, don’t read things that are just walls of text. You won’t enjoy it, it will frustrate you, and it’s not helping you out. Slowly work your way up towards material that has more bulk to it. Don’t hit the bulk all at once. Those long sentences with multiple commas are very hard to get used to. This is because the way multiple complex sentences are split up is quite different in Japanese and in English.

Give yourself time. Take the long way around the wall. One day you will be ready for vertical climbing. Though that Wiki page….. I don’t think anyone will be ready for sentences like those.



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Adam

Adam

Founder of Jalup. Spends most of his time absorbing and spreading thrilling information about learning Japanese.

Comments

The Massive Block Of Japanese Text — 20 Comments

  1. Haha, quotes from Uncyclopedia. This is probably the first time I have seen their content used constructively for anything but a good laugh :)

    This article is a good reminder. I tend to lose my breath when I see sentences stretching past 3 lines in Japanese. Thanks for reminding me that sentences like that are horrible to read in any language. Obviously native readers will have an easier time deciphering texts like this, but they probably also have to reread parts of a long sentence to fully comprehend it. Line breaks and periods are good form in any language.

    • I can make constructive use of anything haha.

      That’s why I like LiveDoor News so much. They are really good with spacing, and even have a 3 line summary of every news article before you even read it.

  2. Wow, the kanji-dense megaparagraph reminded me of how much more intimidation Mandarin learners get when faced with similarly lengthy paragrahs. I know Mandarin hanzi readings are relatively more uniform than kanji readings, but still.

  3. When I’m feeling brave, I try to dive in when confronted by these walls of text, but I stop as soon as the feeling of being challenged turns into frustration and confusion. The metaphor I think of is rock-climbing. Make an attempt to climb a challenging wall, but stop before muscle failure and then go back to an easier wall for more practice, so I can try the hard wall again another day.

    *I have no actual experience with rock climbing.

    • Ha, I think you’re going to need to try it out now.

      Your example works well though. As long as you don’t try to always try super difficult walls, discouraging you from the sport entirely.

  4. In the book series I’m reading right now, the author will often go off on long explanatory tangents in the middle of conversations between characters. The information presented in these long tangent paragraphs often serves no other purpose than to give the reader mildly interesting background information, and almost never comes up again in any manner of importance. Since it’s a science fiction book series, there alse ends up being a lot of technical vocabulary that I’m not familiar with. I like the series a lot, but that aspect of the author’s writing style hurts my poor brain sometimes. どうしてだよ、あさの先生? (-。-;

    • So why not just skim through it then? That’s what you’d be doing in English. Even in the best of series, things can get bogged down by excess description.

  5. This can certainly be a problem in any language. Sometimes I want to read online articles in my native language of English and just seeing the long scrolling down prevents me from wanting to push through it. (I just can’t read on a screen. I need to turn a physical page so that I can literally feel my progress.)

    One tip I recommend for helping with the wall of text problem in books is to check the book for dialogue. Ideally the book will have a few pages of text followed by a few pages for dialogue and then again text, then dialogue. The dialogue offers a breather after you’ve fought through text.

    A good example is Kawakami Hiromi’s センセイの鞄. Very good distribution of dialogue/text and also, well, just very easy Japanese.

    • Very true about the dialogue, and it can be easy with physical books to skim through to see what the ratio looks like of dialogue vs. description.

  6. I didn’t bother reading any of that. My brain smashed the NOPE button super hard.

    I am getting myself comfortable with walls of kanji via Twitter! My brain keeps quitting on me with extensive reading, especially when I encounter words and kanji I don’t know yet, but I really think that practicing each day and reading one Tweet intensively will help chisel down the wall my brain has about my capacity for literacy in my L2!

    Onward!!

    • Twitter can be great for that, because any wall is fairly limited due to the character count.

      You still need to read the full paragraphs in this post though!

  7. It’s descriptive and heavily explanatory text that gets me. One of the many (but slowly decreasing) things that makes me feel like Noriko at the beginning of 彼方から.

    • And heavy descriptive language is also the hardest, as you don’t really get much of a chance to encounter it in normal life.

  8. Is Japanese Wikipedia hard to read? I love cruising Wikipedia in English, surfing from link to link, and when I get higher level I think I would like learning about the world in Japanese that way.

    • Not really. It’s pretty much the same as with English, and at higher levels (~50+) you’ll start using wiki articles in much the same way you do in English – to look up stuff you encounter in your immersion materials and want to know more about. Initially the things you succeed at looking up will be pretty simple, and articles on complex topics will look like word-salad. But not to worry – it continually gets easier as you learn more and more vocab over time.

    • The only thing to look out for is that people on Wikipedia tend to be overgenerous with kanji (using kanji when it’s not really that common).

      However this often depends on the subject and type of article.

  9. あのアンサイクロペディアの文章が大変面白かったw。でも自分の日本語をき進めるためにはこのような読みにくい文章が時々必要だと思います。だって簡単な文章ばかりを読んでは日本語は挙げないからな!難しいと易しい文章のバランスを見つけるのも必要だな。。。

      • 賛成です! 確かに難しすぎだった。たった3・4つの文章を読んで目も頭も痛くなったw。こんな文章は誰でも読みたくなさそうだな。

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